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縄文人と渡来人の混血史からわかった日本列島人の地域的多様性の起源

縄文人と渡来人の混血史からわかった日本列島人の地域的多様性の起源

 

渡部 裕介

東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻

 

Modern Japanese ancestry-derived variants reveal the formation process of the current Japanese regional gradations.

Yusuke Watanabe, Jun Ohashi
iScience. 2023;26:106130.

 

論文のハイライト

現代日本人は、主に狩猟採集を生業としていた縄文人と日本列島に稲作文化をもたらした渡来系農耕民の混血によって成立したと考えられている。これまでの研究から、現代日本の地域集団には、中国人や韓国人など現代のアジア大陸の集団に比較的近縁な地域集団と近縁でない集団があることが分かっており、この遺伝的な地域差は「縄文時代から弥生時代に起源を発する、縄文人と渡来人の混血度合いの地域差によって生じたのではないか」と考えられてきた。筆者らは、この日本人の地域差が生じた過程を解明するため、現代日本人ゲノム中の縄文人由来バリアントを検出するための統計指標を開発し、検出された縄文人由来バリアントを用いて大きく2つの解析を行った。
まず、日本の各都道府県に居住する約10,000人の全ゲノムSNPの遺伝子型データを用いて、各個人が縄文人由来バリアントを何個保有しているか(縄文人由来バリアント保有率)をカウントし、各都道府県集団の縄文人由来バリアント保有率を比較した。縄文人由来バリアント保有率は各個人がどの程度縄文人系祖先に由来しているか(縄文人度合い)の指標となる。この解析の結果、縄文人由来バリアント保有率は東北や関東の一部および鹿児島県や島根県などで特に高いこと(すなわち縄文人度合いが高い)、近畿や四国の各県で特に低い(すなわち縄文人度合いが低い)ことが明らかとなった。さらに、縄文人由来バリアント保有率と考古学的な先史時代の人口の指標との間に有意な相関関係が示唆され、「縄文時代晩期から弥生時代にかけての人口増加率が高かった地域の集団ほど、現代において縄文人度合いが低い」ことが見出された。次に、縄文人由来バリアントを元に日本人のゲノムを「縄文人に由来する領域」と「渡来人に由来する領域」に分類し、現代日本人のいくつかの量的形質に関するゲノムワイド関連解析の情報と組み合わせて、ポリジェニックスコアに基づいて縄文人と渡来人の表現型を推定する解析をなった。この解析の結果、縄文人は渡来人と比べて身長のポリジェニックスコアの値が低いこと、血糖値および中性脂肪のポリジェニックスコアが高いことがわかった。筆者らは、縄文人は農耕を生業としていた渡来人と比べて炭水化物食への依存度が低く、血糖値や中性脂肪を高く維持することで狩猟採集へ適応していた可能性があると考えている。また、渡来人は縄文人と比べて好酸球やCRPのポリジェニックスコアが高いことがわかった。一般的に、農耕社会においては集団サイズが増大し人口密度が高くなりやすく集落間の交流も多かったと考えられるため、稲作農耕を生業としていた渡来人は病原性の細菌や寄生虫の感染にさらされやすく、好酸球やCRPを高めることで感染症への抵抗性を獲得した可能性がある。さらに、日本の各都道府県のうち縄文人由来バリアント保有率の高い都道府県ほど5歳児における肥満率が高い一方、縄文人由来バリアント保有率の低い都道府県ほど喘息増悪率が高いことがわかった。筆者らは、この原因として①縄文系祖先の血糖値や中性脂肪を高める遺伝的因子が現代日本人においては肥満の要因となる一方、渡来系祖先の好酸球数を高める遺伝的因子が現代日本人においては喘息の要因となる②各地域の縄文人度合いの違いによって、現代日本人の肥満率や喘息の重症化度合いの違いが生じたと考察した。
本研究で得られた知見を元に、筆者らは「現代日本人の遺伝子型と表現型の地域的多様性は、先史時代の本土日本の各地域の人口規模の違いに起因する、地域間の縄文人と渡来人の混血の程度の違いにより生じた」という日本人の集団形成モデルを提唱した。本研究で提唱された日本人の集団形成モデルは今後、遺伝性疾患を含めた様々な遺伝形質について、その地域的異質性が生じるに至った背景を理解する上で有用となるだろう。

 

工夫した点、楽しかった点、苦労した点など

本研究は、筆者の博士論文の内容である前半部分(縄文人由来バリアント保有率の地域差)に、後半の表現型についての解析を加えたものです。当初は論文の前半部分から日本人の遺伝的地域差が生じた集団の形成史について記述し国際誌での出版を目指していましたが、なかなかアクセプトに至らず、多くの修正を要しました。東京大学での学位取得後に縄文人や渡来人の表現型を推定する解析を思いついたことで、日本人の遺伝的な地域差に加えて表現型の地域差が生じた過程を含んだより包括的な集団史モデルを提唱することができました。

 

研究室紹介

東京大学理学系研究科生物科学専攻には、国内では数少ない「自然人類学」を主に研究する5つの研究室があります。遺伝学、分子進化学、形態学、生体力学、生態学や行動学など幅広い角度から、生物としてのヒトがどのように誕生したのか、どのような生物学的特性を持っているのか明らかにするために日々研究しています。筆者が学位を取得したヒトゲノム多様性研究室では、大橋順教授を筆頭に、(1)自然選択がゲノムに与える影響、(2)集団の起源・移住・混血過程、(3)感染症とヒトの遺伝的適応、(4)オセアニア地域集団における体型・脂質代謝関連多型、(5)ゲノムインフォマティクス、(6)理論集団遺伝学・理論生物学について研究しています。

ヒトゲノム多様性研究室メンバーの写真。左から四番目が筆者。