遅発性アルツハイマー病のリスクとなるSHARPINの新規機能的ミスセンスバリアントを同定
遅発性アルツハイマー病のリスクとなるSHARPINの新規機能的ミスセンスバリアントを同定
浅海 裕也
国立長寿医療研究センター 研究所 メディカルゲノムセンター
A functional variant of SHARPIN confers increased risk of late-onset Alzheimer’s disease.
Yuya Asanomi, Daichi Shigemizu, Shintaro Akiyama, Akinori Miyashita, Risa Mitsumori, Norikazu Hara, Takeshi Ikeuchi, Shumpei Niida, Kouichi Ozaki
Journal of Human Genetics, 67, 203–208 (2022)
論文のハイライト
遅発性アルツハイマー病(Late-onset Alzheimer’s disease: LOAD)は、最も多くみられる認知症であり、環境的要因、遺伝的要因が複雑に関わることで発症する多因子疾患である。また、遺伝的因子の発症に与える寄与度は大きく58%~79%と推定されている。近年のゲノム研究の進歩により、LOADに関連する40を超える遺伝子座が特定されており、APOE ε4対立遺伝子は、LOADの最も強力な遺伝的危険因子として知られる。しかしながら、これらのリスク遺伝子座を組み合わせても遺伝的要因の大部分は未だ明らかにされていない。また、欧米における白人患者の大規模なゲノム解析研究により、発症リスクの高いTREM2のレアバリアントが報告されているが、日本人ではその保有者がほとんど見つかっていない。そこで我々は、同様のリスクとなる遺伝子変異が日本人においても存在すると考え、日本人LOAD患者を対象としたリスク遺伝子変異の探索を進めてきた。これまでに、国立長寿医療研究センター(National Center for Geriatrics and Gerontology: NCGG)のバイオバンクに保管された患者由来ゲノムDNAのエクソームシークエンス解析を行った結果、SHARPIN上に日本人特異的に存在するミスセンスバリアントrs572750141(p.Gly186Arg)を同定し、統計学的に有意なLOADリスク因子(オッズ比6.1)であることを発見している。その後、欧米のメタGWAS研究においても日本人には存在しない別のSHARPINミスセンスバリアントrs34173062(p.Ser17Phe)がLOADリスク因子(オッズ比1.13)として見つかり、LOAD発症におけるSHARPINの役割に急速に注目が集まっている。
現在、NCGGバイオバンクには3,000症例以上の全ゲノムシークエンス(Whole-genome sequencing: WGS)データが保存されている。本研究では、この中からLOAD患者180例と、認知症前駆段階である軽度認知障害184例、合わせて364例のWGSデータを活用し、SHARPINの新たな機能的バリアント探索を実施した。その結果、SHARPINのエクソン上に13種のバリアントが見つかり、そのうちCADDスコアが20以上の6種(4種のミスセンスバリアント、1種のフレームシフト、1種のストップゲイン)を候補バリアントとした。続いて、NCGGバイオバンクが保有する2万例以上のジェノタイピングデータを活用し、LOAD患者5,043例と認知機能正常者11,984例における関連解析を実施した。ここで、6種の候補バリアントのうちシングルトンの4種は本研究のサンプルサイズでは統計的検出力が不十分(1 − β < 0.4)であるため、残り2種のミスセンスバリアントに対して関連解析をした結果、候補バリアントの1つrs77359862(p.Arg274Trp)が統計学的に有意なLOADリスク因子(オッズ比1.43)であることを見出した。
さらに、このバリアントがコードするR274W型SHARPINタンパク質の機能解析を実施した結果、以前報告したG186Rと同様に細胞内局在が変化し、NF-κBを活性化する機能が低下することが明らかとなった。今回見つかったバリアントrs77359862(p.Arg274Trp)は、オッズ比やタンパク質機能への影響がrs572750141(SHARPINp.Gly186Arg)に比べるとその効果が小さいものであるが、rs572750141の保有者が極めて少ない(日本人では<0.05%)のに対し、rs77359862の保有者は1~4%と比較的多く、臨床的な重要性がより高いと考えられる。
今後、SHARPINとLOADの遺伝的関連性やSHARPINの生理的役割に焦点を当てた研究をさらに進めることで、LOAD発症のメカニズムが解明されると期待される。
工夫した点、楽しかった点、苦労した点など
我々は、2019年に世界に先駆けてLOADのリスク因子としてSHARPINバリアントを同定しました。しかしその後、新たなリスクバリアントの同定やLOADとSHARPINの関連を示唆する報告が相次ぎ、激化する競争の中で焦りを感じていました。それでも負けじと解析を進め、先の論文公開から1年ほど経った頃、バイオバンクにWGSデータが十分に蓄積したことでようやく本研究を実施できました。Dry解析でバリアントを同定した後も、Wet実験で結果が出揃うまでや査読待ちの間にも、大規模メタGWASでさらに別のSHARPINバリアントが報告されたり、Aβの除去とSHARPINの関連性についての総説が出たりと、気が気ではありませんでしたが、無事アクセプトの知らせを受けてほっとしたのを覚えています。
本研究において、バイオバンクのWGSデータ、ジェノタイピングデータと診断情報が必須でした。バイオバンクにご協力いただいている患者様方、病院の先生方、スタッフの皆様に大変感謝しています。LOAD研究において、SHARPINはますます注目を集めています。私もさらなる研究に精進してまいります。
研究室紹介
国立長寿医療研究センター研究所メディカルゲノムセンターは尾崎浩一センター長の下、遺伝情報を基盤とした診断・治療・予防をおこなうゲノム医療の推進基盤として、高齢期に発症する認知症や関節症、循環器疾患等の遺伝情報の解析を進めています。また、認知症のゲノム医療はまだまだ研究段階ですが、家族性の認知症の一部には原因の遺伝子変異がわかっている症例もあり、クリニカルシーケンスによって疾患の診断にも貢献しています。
右が筆者、左が尾崎浩一メディカルゲノムセンター長。