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日本における認定遺伝カウンセラーの共感に関する経験:質的調査と概念的枠組み

日本における認定遺伝カウンセラーの共感に関する経験:質的調査と概念的枠組み

 

友澤 周子

お茶の水女子大学 人間文化創成科学研究科 ライフサイエンス専攻 遺伝カウンセリングコース/領域

 

Empathy experiences of Japanese certified genetic counselors: A qualitative investigation and proposed framework

Chikako Tomozawa, Motoko Sasaki, Yoko Kanbara, Jingyi Dong, Haruka Murakami, Hidehiko Miyake

J Genet Couns. 2022;31(5):1125-1137.

 

論文のハイライト

共感は遺伝カウンセリングの重要な要素である。多くの遺伝カウンセラーは、クライエントに共感的に関わることの重要性を認めている。しかし、遺伝カウンセラーの共感体験に焦点を当てた実証研究は少なく、特に非欧米諸国ではほとんどない。日本における共感の概念は、欧米の概念と異なる点があることが以前から知られている。それは、「暗黙知」、「おもいやり」、または「甘え」といった概念を含むと言われ、他者に対して敏感な感覚を持つ日本文化に関連すると考えられている。つまり共感は文化的背景に影響される、多面的で複雑な概念であり、様々な文化・民族的背景での研究が重要といえる。本研究は、日本の遺伝カウンセラーが臨床実践において共感の概念についてどのように捉えているか、またその具体的なプロセスを解明することを目的とした。

本研究では、約10年以上の臨床経験を持つ日本の認定遺伝カウンセラーに対して半構造化インタビューを実施した。14名の参加者に、共感についての考え方や、クライエントを深く理解したり、クライエントを身近に感じたりした経験についてインタビューした。インタビューデータは、グラウンデッド・セオリーの手法を用いて分析した。その結果、17のカテゴリーが抽出され、そのうち13は、3つのテーマ:<遺伝カウンセラーとクライエントの関わりにおける共感のサイクル(サイクルを回す)>、<クライエントの視点を深く理解するプロセス(感じる)>、<共感をもってクライエントを理解するスキルを発展させるプロセス(発展する)>に統合された。残りの4つのカテゴリーは、<共感の課題>というテーマに分類された。最初の3つのテーマに含まれるカテゴリーは、欧米諸国での先行研究結果と類似していたが、<共感の課題>に含まれるカテゴリー《セッティング》や《家族の力動》は、これまでの先行研究では報告されていないものであった。これは、自己抑制:「遠慮」や沈黙を重んじる文化、相互依存的な自己認識を持つ日本文化の影響と考えられた。さらに、独自の課題として、「遺伝カウンセラーの役割には患者への共感が含まれる」という点を周囲の医療スタッフに理解してもらうことの重要性が挙げられた。このことは、日本の医療制度における認定遺伝カウンセラーの位置付けが、十分に確立されていない、あるいは理解されていないことを示唆していると考えられた。

本研究は、日本における認定遺伝カウンセラーの共感に関する経験についての初めての報告であり、文化的要因や医療制度の状況が、遺伝カウンセラーの共感の課題に対する認識に影響を与える可能性が示唆された。遺伝カウンセラーの共感の認識のばらつきについて検討するためには、多様な地域とそれぞれの医療制度におけるさらなる研究が必要である。また、共感の実践に失敗した経験や、共感の課題を克服・回避するための戦略に焦点を当てた研究により、より実践的な示唆が得られることが期待される。

日本における認定遺伝カウンセラーの共感の独自性を示す<共感の課題>に含まれるカテゴリー。

 

工夫した点、楽しかった点、苦労した点など

当初対面でのインタビュー調査を予定していたものの、研究開始時期が2020年のCOVID-19の感染拡大と重なってしまいました。一時はどう進めるべきか迷いましたが、オンライン会議システムの利用により、無事調査を進めることができました。対面では難しい遠方の方にもインタビューに協力いただくことができ、思わぬ点でメリットもあったと感じています。協力いただいた認定遺伝カウンセラーの先生方は、寸暇を惜しんで貴重なご経験を快くお話しくださり、いただいたデータ一つ一つが研究を進める力になりました。筆者は当時遺伝カウンセラー養成課程修士2年に在籍しており、共感についてのご経験や考えを直接聞かせていただいたことは、遺伝カウンセラーとしても勉強になる内容ばかりでした。質的研究の手法は筆者にとって初めての取り組みで、文献を片手に専門の先生にご指導を仰ぎながら進めていきました。分析の作業は、常にテキストデータとリサーチクエスチョンに常に立ち返りながら進めること、分析者の主観にとらわれないためのトライアンギュレーションの重要性など、本研究を通して学ぶことができました。

 

研究室紹介

お茶の水女子大学遺伝カウンセリングコースは2023年現在、三宅秀彦教授が主宰しています。当コースは認定遺伝カウンセラー養成課程として2004年に開設以来、70名の認定遺伝カウンセラーを輩出しています(2023年2月現在)。博士前期課程の学生は、実習や講義と並行して研究を行うため、多忙な日々を過ごしています。養成課程修了後も臨床業務に従事しながら学位取得を目指し、研究を継続する学生もいます。当コースでは、遺伝カウンセリングや遺伝医療、遺伝教育、遺伝リテラシーなど、バラエテイに富んだ様々なテーマで研究活動を行なっています。

2021年4月大学院入学式での遺伝カウンセリングコースメンバー集合写真。左端が三宅教授。後列右端から三番目が著者。