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双極性障害・統合失調症・自閉スペクトラム症の発症に関与するゲノムコピー数変異(CNV)の共通性と特異性を同定

双極性障害・統合失調症・自閉スペクトラム症の発症に関与するゲノムコピー数変異(CNV)の共通性と特異性を同定

 

久島周

名古屋大学医学部附属病院ゲノム医療センター 精神医学分野

 

Cross-disorder analysis of genic and regulatory copy number variations in bipolar disorder, schizophrenia, and autism spectrum disorder

 

Itaru Kushima*, Masahiro Nakatochi*, Branko Aleksic, Takashi Okada, Hiroki Kimura, Hidekazu Kato, Mako Morikawa, Toshiya Inada, Kanako Ishizuka, Youta Torii, Yukako Nakamura, Satoshi Tanaka, Miho Imaeda, Nagahide Takahashi, Maeri Yamamoto, Kunihiro Iwamoto, Yoshihiro Nawa, Nanayo Ogawa, Shuji Iritani, Yu Hayashi, Tzuyao Lo, Gantsooj Otgonbayar, Sho Furuta, Nakao Iwata, Masashi Ikeda, Takeo Saito, Kohei Ninomiya, Tomo Okochi, Ryota Hashimoto, Hidenaga Yamamori, Yuka Yasuda, Michiko Fujimoto, Kenichiro Miura, Masanari Itokawa, Makoto Arai, Mitsuhiro Miyashita, Kazuya Toriumi, Kazutaka Ohi, Toshiki Shioiri, Kiyoyuki Kitaichi, Toshiyuki Someya, Yuichiro Watanabe, Jun Egawa, Tsutomu Takahashi, Michio Suzuki, Tsukasa Sasaki, Mamoru Tochigi, Fumichika Nishimura, Hidenori Yamasue, Hitoshi Kuwabara, Tomoyasu Wakuda, Takahiro A. Kato, Shigenobu Kanba, Hideki Horikawa, Masahide Usami, Masaki Kodaira, Kyota Watanabe, Takeo Yoshikawa, Tomoko Toyota, Shigeru Yokoyama, Toshio Munesue, Ryo Kimura, Yasuko Funabiki, Hirotaka Kosaka, Minyoung Jung, Kiyoto Kasai, Tempei Ikegame, Seiichiro Jinde, Shusuke Numata, Makoto Kinoshita, Tadafumi Kato, Chihiro Kakiuchi, Kazuhiro Yamakawa, Toshimitsu Suzuki, Naoki Hashimoto, Shuhei Ishikawa, Bun Yamagata, Shintaro Nio, Toshiya Murai, Shuraku Son, Yasuto Kunii, Hirooki Yabe, Masumi Inagaki, Yu-ichi Goto, Yuto Okumura, Tomoya Ito, Yuko Arioka, Daisuke Mori, Norio Ozaki

* These two authors contributed equally to this work

Biological Psychiatry. 2022, 92:362-374.

 

論文のハイライト

双極性障害患者の血縁者には、双極性障害に限らず、自閉スペクトラム症や統合失調症の方が多いことが報告されている。このことから、3疾患の遺伝要因の共通性が指摘されていた。自閉スペクトラム症や統合失調症の発症には、ゲノムコピー数変異(CNV)が強く関与することは、我々の報告 (Kushima I et al., Cell Rep, 2018)を含め、多数の研究で確認されている。一方、双極性障害とCNVの関連性は、十分明らかになっていなかった。さらに従来のCNV解析は、コーディング領域が中心で、それ以外のノンコーディング領域に位置するCNVの意義は十分に検討されていなかった。

以上の点をふまえて、本研究では、CNVが統合失調症や自閉スペクトラム症に加え、双極性障害の発症にも関与する可能性を考え、3疾患と健常者を対象に大規模なゲノム解析を実施した。国内の20以上の精神科施設が参加するオールジャパンの多施設共同研究として、全体で8,708例(双極性障害1,818 例、統合失調症3,014例、自閉スペクトラム症1,205例、健常者2,671例)をアレイCGH法で解析した。3疾患のCNVを同時に解析した研究としては国際的にも最大規模である。日本人で頻度が1%未満の稀なCNV(全体で25,654個を同定)に着目し、3疾患にみられるCNVの特徴を比較し、以下の5つの点を明らかにした。

(1) CNVサイズの分布に関する特徴(図1a):CNVサイズが大きいほど、より多くの遺伝子のコピー数が変化するため、その分布の特徴を知ることは重要である。各疾患の患者と健常者の間で遺伝子領域のCNVを比較した結果、双極性障害では小規模サイズ(100 kb以下)の欠失が多く存在し、大規模サイズ(500 kb以上)の欠失・重複が多い自閉スペクトラム症や統合失調症とは異なるパターンを示した。したがって、双極性障害では、小規模サイズの欠失(比較的少数の遺伝子が影響を受ける)が発症に関与することが示唆された。

(2) 既知のリスクCNVとの関連(図1b):自閉スペクトラム症や知的能力障害等の神経発達症と関連する既知のリスクCNVが知られてる。このようなリスクCNVの保有者は、双極性障害、統合失調症、自閉スペクトラム症のそれぞれで、4.6%、6.9%、6.7%で、健常者の1.8%よりも有意に高いことから、3疾患の発症リスクに関わることがわかった。リスクCNVが発症に与える影響の強さは、双極性障害は2.9倍、統合失調症は3.7倍、自閉スペクトラム症は4.2倍だった。したがって、既知のリスクCNVが双極性障害の発症に与える影響は、残り2疾患よりも小さい傾向だった。

(3) 各疾患のリスクに関連するゲノム領域(図1c):既知のリスクCNVの中で、健常者よりも患者群で頻度が高いものを調べた結果、3疾患のいずれかの発症リスクに関わる領域を合計で12か所同定した(双極性障害3か所、統合失調症6か所、自閉スペクトラム症3か所)。双極性障害では、3つの遺伝子(PCDH15、ASTN2、DLG2)の関与が明らかになった。この3遺伝子は、これまでの基礎研究からシナプスの形成・機能に関わることが示唆されている。その他、統合失調症では22q11.2欠失、1q21.1欠失、NRXN1等との関連が、自閉スペクトラム症では16p11.2重複、22q11.2重複、CNTN6との関連が示唆された。

(4) 分子病態の解析(図1d):疾患の理解や治療法の開発を進めるうえで、患者のゲノム変異(CNV)がどのようなメカニズムで精神疾患を引き起こすかを知ることが重要である。CNVでコピー数が変化した遺伝子の生物学的機能情報から、各疾患の病態にどのような機能異常が関与するかを統計学的な手法を用いて調べた。双極性障害を含む3疾患共通の分子病態として、唯一クロマチン機能との関連が示唆された。一方、自閉スペクトラム症と統合失調症にはより広範な分子病態(クロマチン機能以外のシナプス、酸化ストレス応答、転写制御等)が関与し、かつ、この2疾患の分子病態には共通点が多いことを明らかにした。

(5) ノンコーディングCNV:ノンコーディング領域に存在するCNVが精神疾患の発症に関与するか不明であった。これまでの研究から、脳組織で発現調節の役割をもつノンコーディング領域(エンハンサーやプロモーター)が同定されており、その領域のCNVが発症リスクに関連するかを統計学的に検討した。その結果、ノンコーディング領域のCNVが自閉スペクトラム症・統合失調症のリスクと関連することを見出した。

工夫した点、楽しかった点、苦労した点など

統合失調症、自閉スペクトラム症、双極性障害は、いずれも遺伝的異質性が極めて高く、ケース・コントロール解析では、非常に大規模なサンプルが必要です。そのため、国内の数多くの精神科施設の協力を得て、約10年かけて研究を行ってきました。CNVはSNVに比べて、データ解析に手間がかかり、バイオインフォマティクスの専門家(中杤 昌弘博士)と共同して研究を進め、今回の研究成果を得ることができました。

 

研究室紹介

本研究室は、尾崎紀夫教授の指導の下、多岐にわたる研究が行われています。例えば、本稿で紹介した精神疾患のゲノム解析に加え、モデル生物(モデルマウスや患者iPS細胞)を用いた病態研究、妊産婦を対象とした疫学研究、脳画像や視線解析研究、患者脳組織の神経病理研究、睡眠研究等があります。学内外との共同研究を積極的に行っていることも特徴の1つです。

左側が筆者、右側が尾崎教授、2022年3月に撮影