全ゲノム解析と尿由来細胞のトランスクリプト―ム解析を利用したFBN1遺伝子のイントロンバリアントによって引き起こされるスプライシング異常の解明
全ゲノム解析と尿由来細胞のトランスクリプト―ム解析を利用したFBN1遺伝子のイントロンバリアントによって引き起こされるスプライシング異常の解明
平出拓也
浜松医科大学医化学講座
Genome sequencing and RNA sequencing of urinary cells reveal an intronic FBN1 variant causing aberrant splicing
Takuya Hiraide, Kenji Shimizu, Sachiko Miyamoto, Kazushi Aoto, Mitsuko Nakashima, Tomomi Yamaguchi, Tomoki Kosho, Tsutomu Ogata, Hirotomo Saitsu.
J Hum Genet. 2022;67:387-392.
(1)論文のハイライト
エクソーム解析や遺伝子パネル解析により、エクソン領域のバリアントを網羅的に解析することで、遺伝学的解析における原因同定率は向上した。しかし、診断率をさらに向上させるためには、エクソン以外の病的バリアントを同定する必要がある。今回、FBN1の病的バリアントによって引き起こされる、全身性結合組織病であるMarfan症候群の女児とその父親を報告した。発端者女児は、手首徴候および親指徴候陽性、漏斗胸、偏平足、側弯、特徴的顔貌、近視、僧帽弁逸脱症を認めた。父は鳩胸、気胸、特徴的顔貌、皮膚線条、近視を認め、37歳時に胸部大動脈瘤の診断で手術を施行された。改訂Ghent基準に従い、共にMarfan症候群と診断された。父親の同胞にも2名の罹患者がおり、この家系における遺伝学的要因の関与が示唆された。しかし、2つの機関で行われたパネル解析では、原因となる病的バリアントを同定できなかった。この家族の遺伝学的要因を明らかにするため、発端者の全ゲノム解析を実施した。抽出されたバリアントに対し、公共データベースに登録のある頻度0.5%以上のバリアントを除外することでまれなバリアントを抽出し、スプライシングの変化を予測するためにAIプログラムであるSpliceAIを使用した。その結果、FBN1(NM_000138.4)のイントロン47に父由来のまれなバリアント(c.5789-15G>A)を同定した。SpliceAIにて、このバリアントはアクセプター部位を消失させることが予測された(スコア0.24)。そこでトランスクリプトーム解析(RNA-seq)を施行した。FBN1は末梢血単核細胞では発現が乏しいが、尿由来細胞では強く発現していることから、発端者と父親の尿沈渣に含まれる細胞を培養して得られた細胞を用いてRNA-seqを実施した。FBN1の片アレル性発現とイントロン47におけるイントロンリテンションが示唆され、イントロンリテンションはRT-PCRで確認された。これにより、1949番目の残基(p.Asp1930Gly*20)に早期終止コドンが生成されるため、ナンセンス依存性mRNA分解機構で異常転写産物が分解を受けて片アレル性発現になっていると考えられる。さらに、発現量が少ないエクソン48における部分的なエクソンスキップ転写産物も同定できた。本研究は、疾患原因となる遺伝子が血液中で十分に発現していない場合に尿由来細胞がRNA解析に有用であり、遺伝学的解析におけるマルチオミクス解析の有用性を示した。
(2)工夫した点、楽しかった点、苦労した点など
尿の処理をできるだけ早く実施するするため、才津先生と青戸先生に患者さんが普段通院している病院へ受診のタイミングに合わせて往復2時間半かけて行き、サンプル処理をしていただきました。静岡県立こども病院の清水先生の詳細な臨床症状の記載はすばらしく、大変勉強になりました。当初、稀なトランスクリプトであるエクソンスキップの方が主と勘違いして、なかなかRT-PCRでのバンドが明瞭にならないと四苦八苦していましたが、才津先生に指摘いただき、イントロンリテンションの存在にやっと気が付くことができました。多くの先生方のご指導の下、とても恵まれた環境で研究をさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
(3)研究室紹介
浜松医科大学医化学講座は才津浩智教授の下、小児脳神経疾患を中心としたヒト希少遺伝性疾患の発症メカニズムを明らかにするため、遺伝要因とその分子病態の研究を行っています。私が担当させていただいたような次世代シークエンス解析による原因遺伝要因の解明と、遺伝子変異に基づき、ゲノム編集技術による細胞・マウスモデルを用いた病態解明まで、幅広く研究を行っています(https://www.hama-med.ac.jp/education/fac-med/dept/biochemistry/index.html)。
中段左が筆者、後列左から2番目が才津教授。