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日本人類遺伝学会倫理審議委員会の母体血清マーカー検査に関する見解

日本人類遺伝学会倫理審議委員会の母体血清マーカー検査に関する見解      1998年1月19日発表

最近、わが国でも母体血清マーカー検査が次第に広く実施されるようになってきた。これは血液を用いて実施する検査である点、および胎児が21トリソミー、18トリソミー、神経管閉鎖不全症(以下対象疾患)などに罹患している可能性が確率として算出、表現される点で、従来の侵襲的な羊水検査、絨毛検査、胎児採血などとは著しく異なる側面を持っている。また、この検査はいまだ十分な評価を得ている状況にはなく、今後の研究調査の必要性が指摘されている*。しかも、この検査は羊水細胞を用いた出生前診断に直結する可能性をもつ検査であるため、その実施にあたっては先の人類遺伝学会より出されたガイドラインを尊重し**、カップルまたは妊婦への検査前および検査後の十分な説明やカウンセリング、さらに自由な意志による本検査への参加の確認が不可欠である。従って、母体血清マーカー検査は全妊婦を対象として一律に実施される検査ではない。現状ではこの点への配慮が不十分のまま行われている可能性が極めて高い。検査の結果判定には複雑な確率計算を必要とするため、検査企業などにより施行されることが多いが、これに関与する企業・医師には、他の検査とは視点を異にした一段と高い倫理観が求められる。このような視点から、日本人類遺伝学会倫理審議委員会・理事会は母体血清マーカー検査に関して検討した結果、以下のような提言を行なう。

検査に関与するものは、この検査を受けることを、個々のカップルや妊婦に勧めたり、宣伝するような活動を行なってはならない。
母体血清マーカー検査を施行する場合にはインフォームドコンセントの取得が必須である。医師は個々のカップルまたは妊婦に対して、検査の実施前に、下記のような点を含め、分かり易い言葉による十分な説明と非指示的カウンセリングを行ない、検査が自由意志により行われることを文書により確認しなければならない。
  1. 対象疾患についての十分かつ、偏りのない公平な説明。
  2. 検査の実施時期、検査内容、限界。提示する情報には、
    1. 本検査は胎児が対象疾患に罹患している可能性を確率で示す検査であり、確定診断には羊水染色体検査が必要であること、
    2. 羊水検査(穿刺)の副作用、
    3. 検査後の正確な診断確率(感度、特異度、真陽性の予測値、真陰性の予測値***)、
    4. 危険率が低い
  3. 本検査後採りうる選択肢についての偏りのない説明。
  4. 医師によるプライバシー保護(守秘義務)についての説明。
検査企業は検査の実施を担当した医師に対して各例の正確なデータを開示すると共に、説明資料およびその根拠となるすべての基礎データの出典を明示する。
医師が検査結果を個々のカップルまたは妊婦に説明する際、必要に応じて、もしくは要請に応じて、遺伝カウンセリングを繰り返すと共に、遅滞することなく出生前診断可能な専門施設に紹介する。
今後、検査精度の向上を図ると共に、将来検査を希望するものに対して正確な情報、問題点などを呈示するため、検査を受けた個々のカップルまたは妊婦の同意を得て、追跡調査と集計・解析を行う必要性が指摘される。

* Promoting safe and effective genetic testing in the United States, Final repot of the task force on genetic testing. Ed by Holtzman NE, Watson MS, 1997
(The task force was created by the NIH-DOE working group on ethical, legal, and social implications of human genome research)

** 遺伝カウンセリング・出生前診断に関するガイドライン(1994)、遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン(1995)

*** 計算法については付記したものを参照

付記

感度;ある疾患Xを有するひとが検査で正しくXと診断される確率=A/A+B(下記の表で)

特異度;ある疾患Xを有さないひとが検査で正しくXでないと診断される確率=D/C+D(下記の表で)

真陽性の予測値;検査でXについて陽性と出た場合に疾患Xについて真に陽性者である確率=A/A+C(下記の表で)

真陰性の予測値;検査でXについて陰性と出た場合に疾患Xについて真に陰性者である確率=D/B+D(下記の表で)

なお、(2)-b.4) は B/B+D により算出される。

検査 合計
 陽性 陰性
疾患Xあり A B A+B
疾患Xなし C D C+D
合計 A+C B+D A+B+C+D

平成10年1月19日発表
Jpn Soc Hum Genet and Springer-Verlag 1998 ANNOUNCEMENT 資料1掲載