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近年急増する難治性呼吸器感染症、肺MAC症の世界で初めてのゲノムワイド関連解析

近年急増する難治性呼吸器感染症、肺MAC症の世界で初めてのゲノムワイド関連解析
 
南宮湖
慶應義塾大学医学部 感染症学教室

Genome-wide association study in patients with pulmonary Mycobacterium avium complex disease

Ho Namkoong, Yosuke Omae, Takanori Asakura, Makoto Ishii, Shoji Suzuki, Kozo Morimoto, Yosuke Kawai, Katsura Emoto, Andrew J Oler, Eva P Szymanski, Mitsunori Yoshida, Shuichi Matsuda, Kazuma Yagi, Isano Hase, Tomoyasu Nishimura, Yuka Sasaki, Takahiro Asami, Tetsuya Shiomi, Hiroaki Matsubara, Hisato Shimada, Junko Hamamoto, Byung Woo Jhun, Su-Young Kim, Hee Jae Huh, Hong-Hee Won, Manabu Ato, Kenjiro Kosaki, Tomoko Betsuyaku, Koichi Fukunaga, Atsuyuki Kurashima, Hervé Tettelin, Hideki Yanai, Surakameth Mahasirimongkol, Kenneth N Olivier, Yoshihiko Hoshino, Won-Jung Koh, Steven M Holland, Katsushi Tokunaga, Naoki Hasegawa.
Eur Respir J. 2021;58:1902269.

論文のハイライト

著者らの研究グループは長年、非結核性抗酸菌(NTM)症に対する研究を進めている。NTM症とは結核菌群とらい菌以外の抗酸菌による感染症であり、主に中高年以降の女性や既存肺疾患のある患者に難治性の慢性進行性呼吸器感染症を引き起こす。肺NTM症の罹患率は世界中で上昇しており、日本でも急激に上昇しており、すでに肺結核の罹患率を超え、本疾患に対する包括的対策の社会的重要性が高まっている(Namkoong H et al., Emerg Infect Dis, 2016)。肺NTM症に対する現在の標準治療は長期間に及ぶ複数の抗菌薬治療であるが、現行の抗菌薬治療では効果が限られ、投薬中止後も高い確率で再発し、中には一生涯抗菌薬を要する患者もいる。さらに、抗菌薬の副作用や菌の抗菌薬に対する耐性獲得が起こると難治化し、死亡に至る例も多い。
肺NTM症はヒトからヒトへの感染は基本的になく、感染・発症には宿主・病原菌の両者の関与が推測されるが、その病態は未だ不明な点が多かった。NTMは水や土壌等の環境中に常在する弱毒菌であるにも関わらず、他集団に比較してアジア人集団の罹患率が高いこと、家族集積性のあること、やせ型の中高年女性に好発することが、相次いで報告され、疾患感受性遺伝子の存在が強く推察されていた。また、標準治療で効果を認めない患者群の75%には外来性の異なる菌株が再感染していることが判明しており、肺NTM症の感染・発症には宿主因子の強い関与が示唆されていたが、これまでゲノムワイド関連解析(GWAS)の報告はなかった。そこで、筆者らのグループは肺NTM症の中で、日本で8-9割を占める肺MAC症に注目して、患者検体の検体収集を進めた。肺MAC症の発症に関連する遺伝的変異を探索するために、慶應義塾大学病院、複十字病院を中心とする関東近郊の医療機関の協力により、1,066名の肺MAC症患者コホートと対照群について世界で初めて本疾患のゲノムワイド関連解析を実施し、rs109592が強く発症リスクと関連することを示した(図)。
16番染色体上に位置するrs109592では、マイナーアリルをホモで保持する割合がp=1.6×10-13と肺MAC症群において有意に低頻度であり(オッズ比0.54)、このSNPはCHP2のイントロン領域に位置し、GTExのデータベースより肺MAC症のリスクアリルであるrs109592(C)が肺において有意にCHP2発現が低下しており発現量を調節するexpression Quantitative Trait Locus(eQTL)効果を認めることから、肺MAC症の疾患感受性遺伝子と考えられた。CHP2は上皮細胞に発現しているNa+-H+ exchangerを介してpHを調整することから、気道上皮細胞が肺MAC症で重要な役割を担う可能性が示唆され、肺MAC症の切除肺を用いた免疫染色では実際に気道上皮細胞に発現を認めた。さらに、本SNPは日本人集団のみならず、韓国人・米国人集団においても集団を超えて肺MAC症のリスクであることが明らかになった。

 

図 宿主ゲノム情報を併せ持つ肺NTM症の大規模コホートを用いて肺MAC症のGWASを世界で初めて施行。16番染色体にゲノムワイド有意水準を満たす疾患感受性遺伝子変異を同定した。


 

工夫した点、楽しかった点、苦労した点など

マウスを用いた感染免疫の研究を行っていた大学院博士課程在籍時に、どうしても肺NTM症の疾患感受性遺伝子が知りたくなり、基礎研究・日常臨床の傍らコツコツと患者検体を集め始めました。多忙な毎日の中で患者検体を収集することは辛い時もありましたが、徳永勝士先生・大前陽輔先生(当時東京大学、現国立国際医療研究センター)、小崎健次郎先生(慶應義塾大学)を始めとする素晴らしい共同研究者に支えられて、プロジェクトを進めることができました。これまで肺NTM症/肺MAC症に関するGWASの報告はなく、この疾患感受性遺伝子に関するシグナルが初めて得られた時の興奮は今でも忘れられません。
いくつかの投稿雑誌で、サンプルサイズが小さすぎること、また、日本人集団のみの検証であることを理由にリジェクトが続きました。そこで、海外の研究グループにバリデーションを求めて、共同研究を申し込みました。海外の研究グループでも、我々が同定したシグナルが再現でき、アクセプトに至ったことはとても嬉しかったことですが、それ以上に海外の様々な研究者から我々の研究グループが信頼できる研究グループとして認識してもらえることを手に取るように実感できたことが嬉しかったです。
今回のGWASでは、サンプルサイズは小規模ながら、幸運にも筆者のグループは肺MAC症の疾患感受性遺伝子を同定することができました。裏を返せば、感染症でありながら、肺NTM症/肺MAC症は宿主因子の要素が強いことを示唆し、サンプルサイズを増やせばさらなる疾患感受性遺伝子が同定されることが期待できます。筆者は現在、米国・欧州・豪州・韓国・台湾を始めとする世界の研究者と共にNTM Host Research Consortiumという国際コンソーシアム(https://pulmonaryinfection.com/)を形成し、国際共同メタGWASを推進し、慶應義塾大学で定期的に国際ワークショップを行っています(https://www.youtube.com/watch?v=empUuSXHgGQ)。今回の研究成果を契機として、世界中に友人が増え続けて、その友人たちと同じ目標に向かっていることは、研究活動を通して得られる、この上なく楽しい体験であると実感しています。

研究室紹介

慶應義塾大学医学部感染症学教室は現在、長谷川直樹教授が主宰しており、我々の教室は多くのスタッフが、基礎部門である感染症学教室と臨床部門である感染制御部・臨床感染症センターを兼ねていることが大きな特徴です。COVID-19対応を始め、日々の臨床でも忙しい毎日を過ごしている一方、基礎・臨床一体型となって、様々なプロジェクトを進め、学内外の多くの部門と密接に連携していることから、多数の臨床検体を用いたトランスレーショナル研究が遂行可能です。私の研究チームは、呼吸器感染症(COVID-19や肺非結核性抗酸菌症)の疾患感受性遺伝子をテーマとしており、病態解明・創薬につながるような研究を目指しています。我々の研究室では、子育て中の研究者が多数在籍し、多様な働き方を実践しています。感染症の基礎研究・臨床研究・トランスレーショナル研究に興味のある学生・大学院生・ポスドク・研究員の方はお気軽にご連絡ください。

 

教室の送別会の写真。右から2番目が筆者、右から3番目が教室を主宰する長谷川直樹先生。様々なバックグラウンドの方々が手を取り合いながら、病原体・宿主の双方のアプローチで感染症の病態理解を目指している。