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個別因果効果を予測する機械学習モデルを用いた心血管代謝疾患と環境因子の関連の異質性の解明

個別因果効果を予測する機械学習モデルを用いた心血管代謝疾患と環境因子の関連の異質性の解明

内藤龍彦
(大阪大学大学院医学系研究科遺伝統計学/東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学/マウントサイナイ医科大学神経科学/ニューヨーク・ゲノムセンター)

Machine learning reveals heterogeneous associations between environmental factors and cardiometabolic diseases across polygenic risk scores.

Tatsuhiko Naito, Kosuke Inoue, Shinichi Namba, Kyuto Sonehara, Ken Suzuki, BioBank Japan, Koichi Matsuda, Naoki Kondo, Tatsushi Toda, Toshimasa Yamauchi, Takashi Kadowaki, Yukinori Okada
Communications Medicine, 4, 181 (2024)

論文のハイライト

 ポリジェニックリスクスコア(PRS)は遺伝的に疾患リスクが高い人(遺伝的高リスク群)を個人レベルで予測でき、個別化医療への将来的な応用が期待されている。一方、近年の疫学研究では、疾患の高リスク群が、その疾患の各リスク因子を改善することで高い治療・予防効果が期待される集団(高ベネフィット群)と必ずしも一致しないことが指摘されている。このため、単にリスクのみではなく、治療や予防の「ベネフィット」にも着目することの重要性が指摘されている。そして、治療・予防効果が、個人のどのような特徴により異なるのか(効果の異質性)を把握することが、ベネフィットに基づく医療の実現に直接的に役立つと考えられる。
 これまで、生活習慣病のPRSが高い遺伝的高リスク群が、喫煙や肥満といった環境因子(生活習慣リスク因子)を改善した際に高い予防効果が得られるかどうかは明らかではなかった。そこで筆者らは、因果フォレスト(causal forest)とよばれる機械学習モデルを用いて、生活習慣病の発症と生活習慣リスク因子との関連がPRSによってどのように変化するかを評価した。因果フォレストは、ある介入の効果(観察研究においては曝露とアウトカムの関連)を個人レベルで予測し、効果の異質性を評価することができる手法である。
 筆者らは、バイオバンク・ジャパンとUKバイオバンクが保有するゲノム・臨床情報に因果フォレストを適用することで、冠動脈疾患、2型糖尿病、脂質異常症、高血圧症の4つの疾患とその主要なリスク因子である喫煙や肥満との関係が、その疾患のPRSによってどのように変化するかを評価した。結果、バイオバンク・ジャパンでは「冠動脈のPRS」と「喫煙と冠動脈との関連」に、UKバイオバンクでは「2型糖尿病のPRS」と「肥満と2型糖尿病との関連」に強い正の相関がみられた。これらの結果は、これらの疾患と生活習慣リスク因子の組み合わせにおいて、PRSが高い群では、生活習慣リスク因子を改善することで、より高い疾患予防効果が見込める可能性を示唆している。一方、他の疾患とリスク因子の組み合わせにおいては、リスク因子と疾患との関連とPRSとに、必ずしも正の相関がみられなかった。これは、それらのリスク因子を改善した場合、PRSが低い人に比べてPRSが高い人でより高い疾患予防効果が必ずしも得られるわけではないことを示唆している。

 本研究の概要図。

工夫した点、楽しかった点、苦労した点など

 公衆衛生学領域の研究者である京都大学社会疫学分野の井上浩輔先生から因果効果の異質性の概念やcausal forestについて教えていただき、それらの技術を遺伝学領域の課題にも応用できないか議論し、本研究のアイディアに至りました。環境因子と疾患の組み合わせによって、環境因子と疾患の関連とPRSとの分布にさまざまなパターンが見られ、それらがさらに性別や年齢によって変化することが明らかになった点が興味深かったです。一方で、因果効果を立証するには時系列に沿った縦断的データを用いることが原則ですが、研究に利用したバイオバンクにおいて、研究時点でより多くのサンプル数を確保できた点や縦断的データの入手可能性の制約を踏まえ、横断的データを優先して用いました。この点は、本研究の限界の一つであり、課題として認識しています。

研究室紹介

 論文執筆時点で所属していた大阪大学大学院医学系研究科遺伝統計学および東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学は岡田随像教授が主宰する研究室であり、ヒトの遺伝情報の解析や新たな遺伝統計解析手法の開発を通じた、疾患病態の解明、ゲノム創薬、個別化医療の確立を目指しています。
 現在は米国ニューヨークのマウントサイナイ医科大学(Icahn School of Medicine at Mount Sinai)のTowfique Raj准教授の主催する研究室に博士研究員として所属しています。Towfique Raj准教授の研究室は、脳神経系のゲノミクスを専門としており、Alzheimer病、Parkinson病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった神経変性疾患の病態機序を解明するため、主に血液・脳検体のオミクスデータの生成・解析を通じて研究しています。データ解析を行うドライラボと実験を行うウェットラボを併せ持つハイブリッド型の研究室で、米国のみならず、さまざまな国出身の多様なバックグラウンドを持つ学生やスタッフとともに研究に取り組んでいます。

Towfique Raj准教授の研究室のメンバー。机の左から二番目に座っているのが筆者で、机の右に立っているのがTowfique Raj准教授。