遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン
遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン 1995年9月発表
ヒトDNAを用いた診断(以下遺伝子診断)可能な遺伝性疾患の数は年々増加し、その臨床的な有用性は広く認められている。しかし他方、遺伝子診断前後の遺伝カウンセリングの必要性、及び診断によって得られた個人の遺伝子情報や診断に用いた生体試料の取り扱いなど、慎重に検討すべき問題も生じてきた。遺伝子診断は発症した患者について診断確認のために行われる他、その情報を基にして発症していない家族、クライアントについて保因者診断、発症前診断、出生前診断などを目的として施行される。遺伝子診断には病因となる変異遺伝子が直接検出可能な場合と間接的にDNA多型を利用しそれの有無をかなりの確率で検出可能な場合がある。実施にあたり、それぞれの疾患、遺伝子情報、採取された生体試料などに基づき適切な診断法が選択される。遺伝性疾患の遺伝子診断の施行に際しては、それを受ける者(以下被検者という)及びその家族の人権を守り、適正な遺伝子診断の普及をはかり、日本人類遺伝学会が平成6年12月に提案した「遺伝カウンセリング、出生前診断に関するガイドライン」に準拠し、次に揚げる各項目に留意することを提言する。
遺伝性疾患は同一疾患であっても、その遺伝子変異、臨床像、予後、治療効果などはしばしば、多彩である。遺伝子診断の施行にあたっては、これらに十分留意しなければならない。
遺伝子診断前カウンセリングに際して、カウンセラーは被検者に通常の遺伝カウンセリングの他、遺伝子診断の目的・方法及び精度、特に不可避な診断限界などについて正確な情報を伝えなければならない。説明は口頭に加えて、各疾患ごとに文書を作成し遺漏なきように努めるのが望ましい。
遺伝子診断に際しては被検者からインフォームドコンセントをとらなければならない。クライアント及びその家族は知る権利と共にそれを拒否する権利(知らないでいる権利・知りたくない権利)も有しており、いずれも尊重されなければならない。特に成人期発症の遺伝性疾患の発症前診断については複数回の診断前カウンセリングを施行し、被検者本人の自主性に基づいた意志決定であることを確認する。この場合、複数のカウンセラーで対応するのが望ましい。
自主性に基づいて意志決定を行う権能がないと判断され、代理人により決定される場合、その決定は被検者の利益を保護するものでなければならない。
クライアントが遺伝子診断を要求しても、医師は社会的、倫理的規範に照らして、もしくは自己の信条として同意できない場合はそれを拒否することができる。
遺伝子診断は、完成された手法で熟練した手技によらなければならない。正確を期するため複数の検査機関による検査も考えられる。検査にあたる機関は常に精度の向上に努めると共に、診断後の追跡調査も含め、一定の精度管理下に置かれるのが望ましい。
診断結果は、十分な遺伝子解析の知識をもち、対象疾患にも精通した複数の専門家によって判断されなければならない。
診断結果は被検者にとって理解し易い言葉で説明されなければならない。この中には、変異遺伝子と病状の関係などの疾患予後も含まれる。仮に診断が不成功であったり、診断結果が不正確であってもその内容を明確に被検者に伝える。
カウンセラーは診断結果の説明に際して、被検者単独であるよりも被検者が信頼する人物の同席が望ましいと判断されれば、これを奨める。被検者は診断のための検査を受けても途中で中止を申し出たり、結果の告知を拒否することができる。
診断後カウンセリングは必須であり、必要と判断された場合は経時的に続ける。
遺伝子解析で得られた個人情報は直接カウンセリングにあたった者により、守秘義務にしたがって管理され、それを本人以外に伝えてはならない。権能がないと判断され代理人の決定によって遺伝子診断が行われた場合の結果は、その代理人にのみ伝えられる。但し、必要があって本人の同意が得られた場合、もしくは同意が得られなくても、情報を伝えることで特定の個人が蒙る重大な被害が防止でき、そうした必要性が十分にあると判断された場合は守秘義務はとかれる。しかしこうした判断はカウンセラーが行うのではなく所轄の倫理審査委員会などに委ねなければならない。
遺伝子診断使用後の検体は、被検者及びその家族の利益のために保存できる。検体は本来の目的以外に使用してはならない。検体に関する個人情報は守秘義務の対象となる。もしも関連した疾患の診断などに将来使用する可能性があると判断された場合は、個人を特定する情報は削除されて提供される旨を明確に説明し、別に文書で同意を得ておかねばならない。
1995年9月発表
Jpn. J. Human Genet. Vol.40, No.4 (1995) 綴込みに掲載