理事長挨拶
日本人類遺伝学会第13代理事長 松本直通
横浜市立大学大学院医学研究科遺伝学
2023年10月11日の評議員会(社員総会)と理事会での信任を受け、本学会の第13代理事長を拝命いたしました。私は1993年から本学会に入会し、その間、松田一郎先生(第7代)、新川詔夫先生(第8代)、中村祐輔先生(第9代)、福嶋義光先生(第10代)、松原洋一先生(第11代)の歴代理事長にお世話になり、小崎健次郎先生(第12代)からは学会運営に関して貴重なアドバイスを頂いております。その錚々たる顔ぶれとこれからの重責に身が引き締まる思いです。
日本人類遺伝学会は、昭和31年(1956年)の創立総会と第1回学術集会から始まります。2023年11月30日時点での会員は6409名、臨床遺伝専門医は1727名、学会認定遺伝カウンセラー389名、臨床細胞遺伝学認定士185名、GMRC269名を数えます。現在も会員数は増加しており会員の皆様の学会に対する期待が大きいことを肌で感じております。
人類遺伝学が関連する領域は拡がり続けています。私が入会した1993年頃はヒトゲノムプロジェクトが進行中でした。その後2000年のヒトゲノムドラフトシーケンスの公表と2003年のヒトゲノムシーケンス完了宣言を受け、希少疾患の解析手法が技術的に進展、さらにありふれた疾患を対象にゲノムワイド関連解析を主軸するミレニアム・プロジェクトが始まりました。2005年頃登場した次世代シーケンサーによって2008年にパーソナルゲノム解析が行われ、2009年に遺伝子領域に特化したエクソーム解析が考案、この技術が希少疾患の解析スタンダードとなって、希少疾患の原因となる遺伝子異常の解明が急速に進展します。ゲノムワイド関連解析データやエクソーム/ゲノムシーケンスデータは急速に産出され、国内外とのデータ共有が進みビッグデータ解析へと発展していきます。大量のゲノムデータを効率的に解析するデータサイエンスもAI技術を取り入れながら現在大きく進展しています。希少疾患やありふれた疾患などの現在直面する問題の解決のみならず古代人のゲノム解析や日本人の起源に迫る研究も重要なテーマです。さらに次世代シーケンスがもたらしたシーケンスの高出力性・高感度性は、母体血に浮遊する胎児由来のDNA検査を可能とし非侵襲的出生前診断を可能とし、更には受精卵から形作られた胚盤胞の一部の細胞を利用して着床前遺伝学的検査が可能となっています。研究で生み出された技術革新が臨床領域の検査に時をおかず応用され、これまでの想定を超えて遺伝学的検査は拡大しています。一部の腫瘍ではステージ分類に遺伝子異常が必須の所見として位置づけられるようになりました。このように人類遺伝学会が何らかの形で関わる分野は研究から臨床診断、さらには治療にまで及びゲノム医療が進展しています。これに伴い「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律」(ゲノム基本法)が令和5年6月9日に成立、ゲノムの活用のみならず保護に配慮してより良いゲノム医療を進めていかないとなりません。
このような状況下で日本人類遺伝学会の果たしていくべき役割は小さくありません。私は理事長として、1. 学会の研究力強化、2. 年次大会の学会本体による運営化、3. 国際化推進、4. 学会事務局の強化、5.医療専門職の発展を柱にバランス良い運営を行いたいと考えています。そもそも研究そのものが本来の学会のミッションです。ですから学会が強い研究力で新たな情報を発信していくことは、全ての学会活動の根幹にあるべきだと考えます。学会における情報共有や共同研究のきっかけづくり等は大事だと考えています。そのために最も重要な活動である年次大会の一貫した方向性と安定的運営を行って更に魅力あるものにしていくことを学会本体が強くバックアップしていきたいと考えています。現在の人類遺伝学研究は、日本の研究者や症例だけで完結できなくなりつつあります。国際連携研究の推進や、海外学会との連携も研究強化には不可欠で、様々なチャンネルで国際連携を進めたいと考えています。ゲノム医療の発展により様々な臨床関連及アクティビティーが拡大しているため、私の任期の間に安定的かつ信頼性の高い事務局機能整備を進める予定です。さらに日本人類遺伝学会認定の臨床遺伝専門医、認定遺伝カウンセラーについてはそれぞれの社会的要請に答えるべく所定の各委員会において発展・強化を目指します。
日本の人類遺伝学の歴史においては、福山型先天性筋ジストロフィー、遺伝性パーキンソン病、ソトス症候群、RAS/MAPKシグナル伝達異常症、大田原症候群など数多くの希少疾患の原因となる遺伝子異常が、世界に先駆けて明らかにされました。いずれの研究も学会員であった国内研究者が主導し成し遂げられた画期的な成果でした。また理研のバイオバンク・ジャパンを使った数多くのGWAS研究は世界をリードしました。ビッグデータを用いたデータサイエンス分野においても優れた研究が展開されています。現代の人類遺伝学研究においては、多国間共同研究が常識となり超希少疾患においても世界規模で連携し、患者を集約して解決していこうという流れが出来つつあります。世界に1例しか無い希少難治疾患に対して治療ができる時代がすぐそこまで来ています。我々日本人類遺伝学会は、研究者および臨床に携わる高度な専門家の集団としてそれぞれの特性を活かして、研究と臨床の活動を推進し、実りある学会活動を進めて参る所存です。皆様のご助力とご支援を心よりお願い申し上げます。